パラレル・ワールド

「牛は飼ってません。」10万ヒット記念企画
TEXCIDE参加作品


タイムマシーンに乗って


 天才科学者、百瀬大輔は空間を意図的に操作する技術を発明した。アインシュタインの相対性理論に始まった人類の空間と時間に対する挑戦が、これで一つの成果を達成したわけである。百瀬の技術は人間の生活の質を飛躍的に向上させた。新たな空間を作り出すことによって人口爆発の問題は解決され、空間を歪めることによって地球上の移動時間は短縮された。
 しかしアインシュタインの頭脳が核爆弾の誕生に寄与してしまったように、百瀬の技術もまた不幸な運命をたどった。ある大国がその技術を応用して、強力な新兵器を開発したのだ。その後新兵器による脅威で世界の主導権を取ろうとした大国だったが、その他諸国の反発を招き、地球上のほどんどの国々を巻き込んだ世界戦争が勃発してしまったのだ。多くの血が流れ、大都市は次々に廃墟と化し、環境は汚染されていった。
 地上で凄惨な光景が繰り広げられている頃、百瀬はかろうじて無事に残っている自宅地下の研究室にたたずんでいた。そして彼の目の前には乗用車ほどの大きさの金属の物体が一体。その体には塗装などされておらず、鈍い光を放っていた。百瀬が創り上げたタイムマシーンである。彼は自らの空間操作技術を発展させ、世間に隠れて一人でタイムマシーンを創り上げていたのだ。
 四次元の空間には「たて、よこ、高さ」の三つの軸の他にもう一つの軸がある。そのもう一つの軸が我々の住む三次元の世界の「時間」という現象に他ならないのである。空間操作を極めた百瀬にとって、それを時間旅行に応用することは容易いことであった。
 百瀬は自分の知能が悪用されてしまったことをとても嘆いていた。そしてこの時代の社会に見切りをつけ、彼は別の時代に逃げることを決意したのだ。これだけの大戦争で未来の地球は存在しないだろうと推測した百瀬は、一世紀前の過去に行くことにし、タイムマシーンの扉を開いた。
「さよなら・・・。」
 そう一言つぶやくと、百瀬はタイムマシーンに乗り込んだ。

 時間旅行は大成功だった。百瀬の乗ったタイムマシーンは一世紀前の地球に無事たどり着き、その当時の人間たちに保護された。はじめは未来から来たと繰り返す百瀬を信じる者はいなかったが、世界中の科学者が百瀬の乗っていたタイムマシーンを分析し、百瀬の言っている内容の正しさを証明したため、世間の目は一転した。百瀬と彼の技術は、驚きと共にその時代に迎えられた。未来からの使者の知恵によりこの時代の問題の多くも同様に解決し、社会は豊かに豊かにと進んでいった。
 しかし、この知恵を悪用する人間がいたこともまた同様であった。百瀬の技術により強大に発展した国が暴走を始め、それに反抗した国々との間で大戦争が始まった。
 百瀬は、海を見下ろす小高い丘の上にある家で暮らしていた。百瀬を保護した政府が与えた立派な家である。そしてそれは、反戦を強く主張する百瀬を隔離するためのものでもあった。一人押し込められた家屋の居間のソファに座り、百瀬は自分の空間操作技術の不運を恨んでいた。彼が望むか望まないかに関わらず、彼の技術は一人歩きしていった。時代は変わっても、人間の欲望は同じように最悪の結果を導いた。百瀬は失望していた。
「さよなら・・・。」
 そう言い残すと、百瀬はひっそりと自らの命を絶った。

 百瀬の家が見下ろす波が海岸の砂を静かに洗っていたその頃、別の場所では銃声がうるさく鳴り響いていた。その銃声は恐怖の叫びへと変わり、赤い血となって大地へと流れ落ちていった。憎しみにとりつかれた世界で、未来からの使者の死はもはや小さな問題であり、大きなニュースとなることはなかった。
 そして政府が保管していたタイムマシーンが、いつの間にか忽然と消えていることも、大きなニュースとなることはなかった。





「ほう。これは面白いことが始まったな。」
 久しぶりに倉庫の整理をしていた神は一言つぶやくと、ほこりをかぶっていた地球を取り上げた。そしてリビングに持って行ってテーブルに置き、その前にどっかりと腰を下ろした。
「さて、じっくりと観察させていただこう。この星の者たちは昔から愚かな歴史を繰り返してばかりだったが、また始めよった。しかも今回は逆向きに。」
 神はそう言ってほくそ笑むと、煙草に火をつけた。





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牛は飼ってません。





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